地球が丸いということは海辺で水平線を見ているとわかる。たしかに、遠く帆柱は見えても船体の見えないことがある。しかし、日本では陸地で地球が丸いということがわかることはまずない。ただ、昭和19年の春と20年の夏、満州を通過した時、南満州鉄道(満鉄)の列車に乗った私は、大陸の恐るべき平らな広さと地球の丸さを知った。「戦友」の最初の一節に、「ここはお国を何百里、離れて遠き満州の、赤い夕日に照らされて、友は野末の石の下」とある。戦前派には懐かしい、例の歌である。
南満州鉄道で走っている時、私はこの歌の背景を理解した。本当に赤い、赤い、大きな夕陽が地平線に沈んでいくのである。遮るもののない広野に沈む夕日はまことに壮観としか言いようがない。その曠野の中を特急列車が真直ぐな広軌のレールの上をただひたすらに驀進するのであった。
日本であると、たとえ関東平野を走っていようと、とこかに山の姿が見えるものであるが、満州の大平原にはそれがなかった。しかし、シベリアに運ばれてきて、改めて大陸の広さを思い知らされた気がした。真直ぐなレールを轟々と音を立てて走り続ける列車の外に見える景色は半日経っても変わらないことがあった。小山一つ見えない平らな大地が続きに続いているのであった。バイカル湖は世界一大きな湖であると聞いていたが、本当に湖に沿って走る列車からは、ほぼ丸1 日同じ湖の面が見えていた。
夕陽は素晴らしかった。赤いというより黄色味を帯びて大きな、まん丸な太陽が少しずつ、というより見る見るうちに西の大地の果てに沈んでいく。
周囲は、何というのであろう、ツンドラ地帯とでもいうのであろうか、灌木すら見当たらないような荒涼たる景色である。これだけの土地が日本にあったら、何でもできるのになぁと思うと同時に、いくら土地があっても、こんなところでは人智と人力の限界を超えているようで、とても人間の力では征服できないのではないかという思いもした。